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野坂昭如 大島渚 [お悔やみ]

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あれは20年以上前の出来事だった。





そう

1990年10月23日



『愛のコリーダ』や『戦場のメリークリスマス』など、数々の名作を世に送り出した映画監督の大島渚さんと、奥様で女優の小山明子さんの「結婚30周年記念パーティー」での出来事だった。



小説家の野坂昭如先生もそのパーティーに出席していた。

先生は祝辞を読むという役を担っていたのだ。





野坂昭如先生が壇上に上がる。


そして、祝辞を読む、かと思いきや・・・・・・




ひな壇に座っていた大島渚監督の顔面を素手でポカリ


いや、ボカリか?




突然の襲撃に対し、大島渚監督もひるむことなく応戦



ひな壇状に用意されていたマイクを瞬時につかみ、襲撃を続ける野坂昭如先生の頭をポカポカ


いや、ボカボカか?



野坂昭如先生のパンチと異なり、大島渚監督のパンチはマイクを使っているのでその音響効果は迫力満点。

まるで、映画のワンシーンを見ているかのようだった。





理由を説明しよう。



前述したように、その日は大島渚監督と小山明子さんの結婚30年を祝うパーティーだった。

そして、祝辞を読むために野坂昭如先生も招待されていた。



で、よせばいいものを・・・・・・



いつもの調子で酒を浴びるように飲みまくる野坂昭如先生。

祝辞を読む前にすでに出来上がっていた



で、悪いことは重なる。


詳しい事情はわからないが、パーティーの進行が大幅に遅れ、時間が押し迫っていた。


で、やむなく(というか、最悪の選択だった、ということになるが)野坂昭如先生の祝辞をカットすることになったという。


で、せっかく祝辞を読む準備をしていた(といっても泥酔していたのだが)野坂昭如先生としては、腹の虫が収まらない。


呼ばれもしないのに、壇上に上がり、大島渚監督をポカリ

いや、ボカリ





お元気だった大島渚監督と野坂昭如先生

まるで少年のような喧嘩であった。







あれから、23年が経った。



野坂昭如先生は今はリハビリ生活だという。



そして・・・・・・・・



大島渚監督が今日、2013年1月15日

お亡くなりになった。




年甲斐もなく殴り合いをするほどにバイタリティーあふれる大監督も死んでしまう。


実感は湧かないが。




大島渚監督

ご冥福をお祈りします。






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